壁塗り職と官職
律令制下において壁塗り職と官職としてのサカンとが関係づけられるのではないかと思われる資料を検討しておくとしましょう。
天暦四(950)年9月23日付太政官符には次の記録があります。
清宗氏秀、石灰長上の労を以って、去年山城権少目に任ぜらる。
ここにいう「石灰長上」は石灰工主任技術者の義で、この時期、石灰の取扱いが土工から分離し、ともに木工寮に所属していた事情は前に述べました。
一文の意味は清宗氏秀という人物が、その職にあって功があったので、山城国の「権少目(ゴソのショウサカン)」に任じられたというもので、このあと氏秀の子息を石灰長上の後任に補そうという記事がつづく。
しかしここでいっているのは石灰長上より山城権少目へのいわば昇任であって、技術者そのものを「目」に任じたわけではありません。
したがってこの記録をもって古代における壁塗り関係職と左官という呼称を関係づけることはもとより早計で、しかも管見のかぎりでは、これが両者の名称が並記されている唯一の資料です。